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ISSN 1349-1229

No. 297 March 2006

3
命をつなぐ生殖細胞の成り立ちに迫る
p2 研究最前線

p5 SPOT NEWS p7 特集 p11 TOPICS

金属ナノ構造で 「科学研究上の不正行為への 小坂文部科学大臣、横浜研究所を視察


光イメージング技術を開発 基本的対応方針」を制定 白楽ロックビル氏講演会
ナノメートルの分解能を持つ光学システム 土肥義治理事に聞く 「理解し回避したい研究者の事件」を開催
平成18年度一般公開のお知らせ
抗インフルエンザウイルス薬の 歴史秘話 サイクロトロンと
開発促進へ 原爆研究(前編)
ウイルス増殖に必須なタンパク質の
立体構造情報をデータベース化
中根良平 元理研副理事長に聞く
p12 原酒

東戸塚キャンパス顛末記
研 究 最 前 線

命をつなぐ生殖細胞の成り立ちに迫る
中村 輝 NAKAMURA Akira
発生・再生科学総合研究センター
生殖系列研究チーム チームリーダー

生殖細胞とは、次世代に遺伝情報を伝えるために存在し、世代を超えて
生き続ける特殊な細胞である。生殖系列研究チームでは、ショウジョウ
バエを使い、生殖細胞の形成機構の解明を目指している。ショウジョウ
らん

バエの場合、雌の体内で卵 形成が進行している過程から、すでに生殖細
胞づくりの準備が進んでいる。卵に生殖質と呼ばれる特殊な領域がつく
られ、この生殖質を取り込んだ細胞だけが生殖細胞になることができる
のだ。研究チームでは、生殖質形成機構の一端を明らかにすることに成
功した。さらに、生殖質形成に重要な翻訳制御と同様の仕組みが、神経
細胞でも働いており、記憶・学習と関係しているらしいことも分かって
きた。中村 輝チームリーダーは、ショウジョウバエの生殖細胞の形成機
構の解明から、生物の普遍原理を探ろうとしている。

生殖細胞ができるまで 卵母細胞が成熟して卵となり、精子と受精する
私たちの体は、およそ60兆個もの細胞から成る。 と、胚発生が始まる
(図1右)。胚発生のごく初期に
そのほとんどが、個体の死とともにその役割を終 生殖質を取り込んだものだけが、生殖細胞になる
える。しかし、生殖細胞は例外だ。 ことを運命付けられた唯一の細胞、極細胞になる。
「生殖細胞は、概念的には不死です」
と中村チー 極細胞はいったん胚の外側にくびれ出た後、胚の
ムリーダーは言う。
「細胞は、体細胞と生殖細胞に分 内側に移動していく。そして生殖巣の中で成熟し
けられます。体細胞は体をつくる細胞で、個体の生 て、生殖細胞になるのだ。
「生殖質に局在し、生殖
らん

を維持しています。生殖細胞は、卵や精子に分化し、 細胞の形成に不可欠なタンパク質は、すでにいく
次世代に遺伝情報を伝える細胞です。生物が種と つも見つかっています。しかし、これらタンパク質
して維持されていくために必要な細胞なのです。私 の実際の分子機能、さらには生殖質から極細胞、
たちは、生殖細胞の形成機構の解明を目指して、シ そして生殖細胞までのストーリーが、まだうまくつ
ョウジョウバエを使って研究を進めています」 ながっていません。私たちは、その間を埋めて全
まず、生殖細胞が形成されるまでの流れを見て 体のストーリーを完成させたいのです」
ほ いく ろ ほう

みよう
(図1)。卵母細胞は哺育細胞と結合し、濾胞
細胞に包まれている。哺育細胞は卵形成に必要な 生殖質形成におけるmRNAの翻訳制御
オ ス カ ー
RNAやタンパク質などをつくり、そのタンパク質は 「生殖質の形成は、Oskarタンパク質の後極への
“細胞質連絡”
というすき間を通って卵母細胞へ運 局在から始まることが分かっています。そこで、卵
ばれていく。
「卵母細胞では、すべてのタンパク質 形成におけるoskar遺伝子のmRNAの分布をまず
が均一に存在するのではなく、いくつかのタンパク 見てください(図2左、赤)」と中村チームリーダーは
質が後極に集中していることが分かっています。こ 言って、図を差し出した。mRNA は、DNA の遺
の部分を取り除いてしまうと、生殖細胞は形成され 伝子部分が核の中で転写されたものだ。核の外に
ません。卵母細胞の後極には、生殖細胞をつくる 放出されたmRNAの塩基配列はアミノ酸の連なり
ために必要な情報が局在しているのです。この特 に翻訳され、タンパク質がつくられる。
殊な細胞質を生殖質といいます」 「卵形成のとても早い時期からoskar mRNAが卵

2 理研ニュース No. 297 March 2006


母細胞に濃縮しているでしょう。でも、Oskarタン
パク質は、形成中期以降の卵母細胞の後極にのみ 図1 ショウジョウバエの生殖細胞形成
卵形成 胚発生 生殖質
局 在して います( 図 2 右 、矢 印 )。つまり、o s k a r 細胞質連絡

卵母細胞 受精卵の中央で、
mRNA は、哺育細胞の核から放出されて卵母細 濾胞細胞 核が分裂・増殖。
(体細胞) 後極 受精卵
胞の後極まで輸送される間、タンパク質への翻訳 極細胞
哺育細胞 核が表層に移動
が抑制されているのです。このことから、生殖質 し、生殖質を取り
込んだ細胞が、極
oskar mRNAが卵
の形成には、mRNAが卵の後極に輸送され、そこ 母細胞の後極に運
細胞になる。

ばれ、タンパク質
に局在すること、そして後極以外での翻訳の抑制 に翻訳される。 極細胞が胚の
内側に侵入。
が重要であることが分かります」
さまざまなmRNA
mRNA の局在と翻訳の制御は、頭部や背と腹 が後極に集積し、 極細胞が生殖巣
タンパク質に翻 に向かって胚の
の決定など、さまざまな生命現象に深くかかわって 訳される。 中を移動。

いることが知られている。しかし、そのメカニズム
生殖質 極細胞は個体が成 生殖巣
はよく分かっていなかった。そうした中、生殖系列 熟すると生殖細胞
へ分化。
生殖細胞は、
研究チームは、mRNA の翻訳の抑制にかかわる 生殖質の形成 卵母細胞 減数分裂を行い、卵
や精子をつくる。
重要なタンパク質を発見した。
翻訳の開始は一般に、eIF4Eというタンパク質が 図2 卵形成過程におけるoskar mRNAの翻訳制御

mRNA に結合することで制御されていることが分 初期
後期
かっている
( 図3左 )。研究チームがまず注目したの 初期

もeIF4Eだ。
「生化学的手法でoskar mRNAと複合
後期
体を形成しているタンパク質の単離・同定を進めた
結果、eIF4Eとともにいくつかのタンパク質が存在し oskar mRNAの分布 Oskarタンパク質の分布
カ ッ プ
ていることが分かりました。それらの中で、Cup と oskar mRNA(左、赤)は卵形成のごく初期から発現し、哺育細胞から卵母細胞の後極に
輸送されていく。Oskarタンパク質(右、緑)は、卵形成中期以降の卵母細胞後極にのみ
命名されていたタンパク質は、eIF4Eと直接結合す 分布している。輸送途中あるいは後極に局在していないoskar mRNAの翻訳は抑制され
ることでoskar mRNAの翻訳を抑制していることが ている。
ブ ル ー ノ
分かったのです(図3右 )。さらにCupは、Brunoと
いうタンパク質にも結合することが判明しました。
Brunoは、oskar mRNAのある領域に特異的に結 eIF4E、Brunoなどさまざまなタンパク質とともに顆粒
合することが知られています。つまり、CupはeIF4E をつくっている。この顆粒にも注目が集まっている。
とBrunoに結合することで、oskar mRNAの翻訳を 「同じような顆粒が神経細胞や培養細胞、出芽酵
特異的に抑制していたのです。よく似た翻訳抑制機 母にもあることが分かったのです。神経細胞では、
構は、すでにカエルで一例報告されています。しか mRNA が軸索や樹状突起の先端まで移動し、局
し、これらのタンパク質はカエルとショウジョウバエ 所的に翻訳されています。それが、記憶や学習と
でアミノ酸配列レベルの類似性は認められません。 いった神経の可塑性に深くかかわっているといわ
このことは、種を超えて保存されているのは特定の れています。神経細胞で見られる顆粒の構成要素
タンパク質の機能ではなく、翻訳抑制機構の“形”で を調べてみると、卵形成過程で見られる顆粒とよ
あることを予想させます」 く似ているのです」
この発見は、今後どう展開していくのだろうか。 現在、海外のグループと共同研究を進めている
「mRNAが後極に到着した後、今度はmRNAの翻 ところだ。
「mRNAの輸送・局在、翻訳の制御は、
訳の制御が解除されなければなりません。この翻 さまざまな生命現象で観察されることから、普遍
訳抑制の解除がどのように起きるのか。それが今、 的な分子機構と考えられます。記憶・学習は、人
一番知りたいところです。また、私たちは生殖質の が最も知りたいと思っていることの一つです。その
形成に異常が見られる突然変異体を数十種類見つ 分子機構についての知見を、私たちの生殖細胞の
けています。その原因遺伝子を見つけていくこと 研究から提供できると思います」
で、生殖質の形成機構の解明に近づけると期待し
ています」 細胞の移動・生存に新モデル
oskar mRNA は、翻訳を制御しているCup や 生殖細胞の移動についても、新たな展開があっ

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た。
「極細胞が形成されただけでは、生殖細胞にな しい。極細胞はそのような生存に必須の脂質を確
れません。極細胞が生殖巣まで移動していって初 実に取り入れるために、競争相手となるwunenを
めて生殖細胞に分化できます(表紙、青が胚の中を 発現している体細胞を避けて移動するのでしょう。
移動する極細胞)。私たちは、極細胞の移動と生 極細胞と体細胞の競合というのは、細胞の移動・
存について、面白い発見をしました」 生存のまったく新しいモデルです」
ウ ー ネ ン
極細胞は、wunen という遺伝子が発現している LPPは、神経細胞の軸索伸長や胚帯外の血管形
体細胞を避けるように移動していくことが知られて 成などにもかかわっていることが分かっている。中
いた。wunen は、リン脂質脱リン酸化酵素( lipid 村チームリーダーは、
「この話は、今後ますます面
phosphate phosphatase:LPP)
をつくる遺伝子だ。 白くなりますよ」と言う。
LPP は、細胞外に存在する特定のリン脂質を分解
して、脂質産物を細胞内に取り入れる機能を持つ。 生殖細胞が再生するホヤ
せきさく

「これまで、極細胞はwunenが発現している環境 生殖系列研究チームでは、脊索動物のカタユウレ
を嫌うと単純に考えられていました。実際、体細胞 イボヤを用いた研究も始めた。なぜホヤなのか。
でwunenを過剰発現させると、極細胞は移動途中 「ホヤはショウジョウバエと同様、卵に生殖質があり、
で死んでしまう。ところが、私たちの研究から、極 正常発生過程では生殖質を取り込んだ細胞が生殖
細胞にもwunenと同様の活性を持つwunen2が発 細胞に分化します。ショウジョウバエは、生殖質の機
現していることが分かったのです。しかもwunen2 能が異常となると生殖細胞は形成されず、その個体
を欠く極細胞は、移動途中で死んでしまうのです」 は子孫を残すことができません。しかしホヤは、幼
従来の見解と相反する結果に、中村チームリー 生期に生殖細胞を取り除いても変態後にはまた生殖
ダーも最初は戸惑ったという。そして、一つの仮説 細胞が再生する、とても興味深い生物なのです」
に行き着いた。
「極細胞の生存には、LPPによって 生殖質は、すべての生物の卵にあるわけではな
細胞外に存在するあるリン脂質を分解し、その脂 い。例えば、マウスやヒトの卵に生殖質はない。
質産物を細胞内に取り入れることが必要であるら マウスやヒトでは、胚の発生過程で細胞同士の相
互作用によって特殊なシグナルを受け取った細胞
が生殖細胞となる。
「生殖質による形成と、シグナ
図3 Cupによるoskar mRNAの翻訳抑制機構 ルによる形成、両方の生殖細胞の形成システムを
elF4Eによる一般的な翻訳開始機構 Cupによるoskar mRNAの翻訳抑制機構 持つ生物は現在のところホヤしか知られていませ
キャップ構造 40Sリボゾーム elF4E ん。ホヤを研究することで、二つのシステムが進化
met
elF4E elF2
翻訳方向
7
mG の過程でどのように移り変わってきたのかを知るこ
7
mG
elF4A
5’末端 とができると期待しています」
elF3 Cup

中村チームリーダーは、取材中、何度もこう繰り
elF4G
mRNA
oskar
mRNA
返した。
「私たちの最終目的は、ショウジョウバエの
Bruno
PAB PAB PAB 生殖細胞を理解することばかりではありません。そ
3’末端
AAAAAAAAAAAAA BRE こから見えてくる、生命の普遍原理を知りたいので
ポリA構造
mRNAの翻訳開始には、キャップ構造と結 Cup は elF4E と結合し、さらに oskar す」。そして力強く言う。
「自分たちが面白いと思っ
合するelF4Eと、PABを介してポリA鎖と結 mRNA の BRE 配列に特異的に結合し
たことを一つ一つやっていくことで、生命の普遍原
合するelF4Gとの相互作用が必須である。 ているBrunoと結合することで、oskar
mRNAの翻訳を特異的に抑制する。 理にたどり着くと確信しています」
中村 輝・佐藤啓二『蛋白質 核酸 酵素』2005年12月号より許可を得て転載・一部改変

参考図書:
ショウジョウバエの生殖細胞についてだけを ● C D B 科 学 ニ ュ ー ス 2 0 0 4 年 9 月 2 日「 生 殖 細 胞 の 生 存 に

Wunen2が細胞自律的に機能」 ( http://www.cdb.riken.jp/
知りたいのではありません。 jp/04_news/articles/040902_wun.html)
そこから生物の普遍原理が ● CDB科学ニュース2004年1月13日 「翻訳抑制メカニズムに新
たな知見」 (http://www.cdb.riken.jp/jp/04_news/articles/
見えてくると考えているのです。 040113_translational_repression.html)
● 中村輝・佐藤啓二「 mRNA の翻訳制御をつかさどる細胞質

mRNP顆粒」 『蛋白質 核酸 酵素』2005年12月号

4 理研ニュース No. 297 March 2006


SPOT
NEWS 直接、目で見ることができない微細な現象や分子・原子までを観察す
ることができる顕微鏡の開発は、果てしなく続いている。その開発
に一石を投じる、金属ナノ構造を利用した新たな顕微鏡が登場した。
中央研究所河田ナノフォトニクス研究室(河田 聡主任研究員)が開
金属ナノ構造で 発・提案している新たな顕微鏡は、光の波長分解能の限界を空気中・
光イメージング技術を開発
ナノメートル
常温・可視光で破り、ナノメートル( 1nm= 10億分の 1m)サイズの
ものを見分けることができる。従来、可視光では見ることができな
ナノメートルの分解能を持つ光学システム かった微細なものや現象を観察することにより、バイオサイエンス
2005年12月21日、文部科学省においてプレスリリース や材料科学分野に革新をもたらすだろう。この成果について河田主
任研究員に聞いた。

――新しい顕微鏡の特徴を教えてください。
銀製の円柱
河田:理科実験などで親しまれている光学顕微鏡は、反射 直径 20nm 5 画像投影
長さ 50 ∼ 150nm
鏡から可視光を取り入れ、その光を試料に当てて観察しま 配列間隔 40nm

す。分解能は利用する可視光の波長で決まっており、現在
4 表面プラズモン
の光学顕微鏡では、300nm程度のものまでしか見ることが →光

できません。より細かいものを見るためには、可視光より波 1 光照射
長が短いX線(放射光)や電子線を使用する必要があります。
3 画像伝送
しかしこれらは、装置が大掛かりであることや、真空中でし
試料
か観察できないなどの制約があります。また、原子そのもの 2 光→表面プラズモン
を見るためには、STM(走査型トンネル顕微鏡)やAFM(原 図 金属(銀)ナノ円柱配列による画像伝送の仕組み
試料に光を当てると、その光が表面プラズモン(自由電子の集団的振動)に変換
子間力顕微鏡)が使われていますが、これらは表面形状しか
される。表面プラズモンは銀製の円柱を伝わり、反対側に到達した際に再度、
観察できません。これらの顕微鏡では、バイオサイエンス研 光の情報となり、画像を映し出す。

究にとって重要な生体試料を生きたまま観察できないので
す。今回、開発・設計した顕微鏡は、生体試料を生きたまま
観察できるという光学顕微鏡の特徴を持ちながら、可視光 使っている限り、ナノのイメージングは不可能で、ナノのレンズ
の分解能をはるかに超えたナノメートルサイズのものまで見 を見つけなければ、と長年考えていました。10年ほど前に金
分ける性能があります。 属の針を試料上で動かして画像を得る「近接場顕微鏡」を発
● 明しました。今回は、金属ナノ構造と光の相互作用である
――開発のポイントは。 「プラズモン」という量子の研究をしているときに思い付いた
河田:銀製のナノサイズの円柱を剣山のように並べたデバイ のです。発見というより、発明というべきかもしれませんね。
ひ けつ

スを、レンズとして使ったのが秘訣です(図)。試料に当てた ●

光は、まず円柱の片側で表面プラズモン(自由電子の集団的 ――具体的には何に使用できるのでしょうか。
振動)に変換されます。そして、円柱の別の端に伝わり、円 河田:細胞内の酵素などの働きや生体内の分子レベルの相
柱から再び光の情報として得られます。その際、円柱を伝 互作用など、ナノサイズのさまざまな現象を直接目にすること
わる情報は円柱の直径サイズ分となり、円柱一つ一つの情 ができるので、新たな発見が次々と出てくるでしょう。半導体
報を統合して、試料の全体像を見ることになります。今回の の集積回路をつくるリソグラフィーにも活用できますし、この
場合は円柱の直径が20nm、長さが50∼150nmで、配列間 顕微鏡自身がレーザー発振することで、ナノレベルの加工が
隔が40nmなので、分解能も40nmとなります。理論的には できるようになります。そのほかに、ナノ分野のデバイス開発
1nmの分解能が実現可能ですが、実用レベルでは10nmか にも活用することができるなど、広い用途があります。
ら20nmが最適と考えています。

――この顕微鏡の原理を発見したきっかけは。 プレスリリースは下記URLを参照ください。
http://www.riken.jp/r-world/info/release/press/2005/051221/index.html
河田:光を使ってナノを見る装置をつくることは、私の30 年
本成果は米国の科学雑誌『Physical Review Letters』
(12月31日号)に掲載
来の夢です。ガラスやプラスチックのレンズとか凹面鏡とかを され、毎日新聞(1/5)などに取り上げられた。

No. 297 March 2006 理研ニュース 5


SPOT インフルエンザの脅威の一つは、病原体であるインフルエンザウイ
NEWS ルスの形が変化(変異)し続けることにより、流行を繰り返すことで
ある。2003年末からアジア各国で流行している致死率の高い高病原
か きん
性鳥インフルエンザは、ニワトリなどの家 禽 へ多大な被害をもたら
し、ヒトへの感染も始まった。ウイルスが変異し、ヒトからヒトへの
抗インフルエンザウイルス薬の 感染が可能になると、新型インフルエンザとして世界的大流行を引
開発促進へ き起こす可能性がある。ゲノム科学総合研究センター タンパク質構
造・機能研究グループ(横山茂之プロジェクトディレクター)は、こう
ウイルス増殖に必須なタンパク質の したウイルスの増殖に必須なタンパク質の亜型や変異による立体構
立体構造情報をデータベース化 造の違いを予測してデータベース化し、治療薬開発などに役立てて
2006年1月20日、文部科学省においてプレスリリース もらうべく、全世界に公開した。今回の研究の中心となった梅山秀
明 客員主管研究員に、この成果について聞いた。

――今回構築したデータベースについて教えてください。 (核タンパク質) RNAポリメラーゼ


NP (PA, PB1, PB2) 親ウイルス

梅山:インフルエンザウイルスは多形性の粒子です。インフル
ウイルス核酸(ssRNA) 侵入
膜融合
エンザウイルス粒子の内部にはウイルス遺伝子であるRNAが HA(ヘマグルチニン)
M2タンパク質 吸着

エンベロープ ウイルス エンドソーム


存在し、表面には針状の突起が出ています(図1)
。この突起 脱殻 ゲノム

の一つである「ヘマグルチニン」がヒトの細胞などに吸着し、 翻訳
出芽

細胞内に入り込んで次から次へと複製を繰り返します。そし
mRNA
て、もう一つの突起「ノイラミニダーゼ」の働きで細胞表面から
ウイルスタンパク質
(NP, RNAポリメラーゼ)
子孫ウイルスが放出され、未感染細胞へと次第に広がり、猛 放出
NS2
威を振るうのです。今回開発したデータベースは、ノイラミニ タンパク質 ノイラミニダーゼを阻害するインフルエ
M1タンパク質 ンザ治療薬は、ウイルス放出の段階に作
ダーゼのタンパク質立体構造を予測してまとめたものです。 NA(ノイラミニダーゼ) 用することで、ウイルスの増殖を抑える。 子孫ウイルス

ノイラミニダーゼは、抗インフルエンザウイルス薬開発の第一 図1 インフルエンザウイルス粒子の模式図(左)とインフルエンザウイルスが
細胞に感染して増殖し、子孫ウイルスを放出する様子(右)
標的となるタンパク質ですが、頻繁に形を変え、その実態を
つかむのは難しいとされていました。作成したデータは、そ
の変化(変異)がどの程度であるかを予測したもので、薬の
開発にとって欠かせない情報となります。

――どのように立体構造データをつくったのですか。
梅山:立体構造の予測には、私たちが独自に開発した「全
自動ホモロジーモデリングソフト」を使いました。タンパク
質はアミノ酸がつながってできていますが、このソフトは立
体構造が決定されていないタンパク質の構造を、類似のア
ミノ酸配列を持ち立体構造が解明されているタンパク質を 図2 ノイラミニダーゼのモデルの例(BAE46950.1)

参考にして予測します。ホモロジーモデリングという計算
法は、コンピュータを使ってタンパク質の立体構造を予測す
る方法の中では、最も信頼度が高い手法です。私たちは、 ーゼの機能を阻害する「タミフル」などがあります。ところが、
米国の国立バイオテクノロジー情報センター( NCBI )の ノイラミニダーゼは頻繁に変異を続けるため、既存のノイラミ
nonredundant protein sequence database(重複のないタ ニダーゼ阻害剤が効かなくなる危険性が示唆されています。
ンパク質配列データベース)に登録されているアミノ酸配列 公開したデータベースには、さまざまな亜型や変異体のノイ
をもとに、1603個という多数のノイラミニダーゼの立体構造 ラミニダーゼの予測構造が入っていますので、新規のノイラ
を予測し(図2)、Web上(http://protein.gsc.riken.jp/jp/ ミニダーゼ阻害剤の開発に役立つものと考えています。
Research/index_na.html)で公開しました。

プレスリリースは下記URLを参照ください。
――公開したデータベースを利用して何ができるのですか。 http://www.riken.jp/r-world/info/release/press/2006/060120/index.html
梅山:既存の抗インフルエンザウイルス薬には、ノイラミニダ 本成果は日本経済新聞(1/21)など多数の新聞に取り上げられた。

6 理研ニュース No. 297 March 2006


特 集
「科学研究上の不正行為への基本的対応方針」を制定
土肥義治理事に聞く
ねつぞう

韓国の ES 細胞に関する論文の捏造 をはじめ、国内外で科学研究の不正行


為 が 相 次 い で 発 覚 し 、社 会 問 題 化 して い る 。理 化 学 研 究 所 も そ の 例 外 で
はなかった。理研は、2005 年 12 月 22 日付けで「科学研究上の不正行為へ
の基本的対応方針」を制定 1 した。制定の背景、方針の概要、そして不正
行為を防止するためにはいかにすべきかを、土肥義治理事に聞いた。

理研科学者会議からの声明
――科学研究上の不正行為とは? DOI Yoshiharu 土肥義治理事

土 肥:科 学 研 究 に お ける 実 験 データや 試 料 の
ねつぞう

「捏造 」、
「改ざん」、そしてアイデアの「盗用」です。
研究を提案・実行し、必要に応じて見直し、最終的 成果を出し、社会に還元する。それが理研の最大
に成果を発表する、この研究プロセスにおいて不 の責務です。社会から信頼され、期待されて初め
正行為があってはなりません。研究プロセスの誠実 て私たちの研究活動は成り立つのです。信用をな
性は、研究者に求められる最も大切なことです。 くしたら、理研の存在意義がなくなってしまいます。
――不正行為に関するニュースを見聞きする機会 私たちは、不正行為が起きてしまったことを深く反
が多くなったように思います。不正行為が増えてい 省し、二度と繰り返さないためにはどうすべきか、
るのでしょうか。 議論を重ねてきました。
土肥:必ずしも数が増えたとは思っていません。科 ――不正が分かってから1年でどのような動きがあ
学研究に多額の税金が投入されるようになり、また科 ったのでしょうか。
学の成果が社会に大きな影響を及ぼすようになって 土肥:2005 年 4 月には、研究不正の防止に取り組
きたため、マスメディアや一般の方々の科学に対する み、対応の窓口となる「監査・コンプライアンス室」
関心が高くなってきたことが背景にあると思います。 を設置しました。
――不正行為に関する方針制定のきっかけは? 11月には、理研科学者会議 2 が「科学研究にお

土肥:2004年8月、理研の研究者によって研究論文 ける不正行為とその防止に関する声明」を出しま
の不正発表疑惑について指摘がありました。調査 した(表1)。そこには、理研の研究者としてのある
の結果、理研の研究者2人がかかわった2本の論文 べき姿が示されています。研究者は、それを肝に
にデータの改ざんがあること、ほかの1本について 銘じて研究活動を進めていただきたいと思います。
は改ざんのあった可能性が高いことが明らかにな
り、2004年12月に発表しました。 適正かつ厳正な対応、原則公表
理研は、多額の税金を研究費として頂いていま ――今回制定した「科学研究上の不正行為への基
す。それを誠実に使って自然科学の研究を進め、 本的対応方針」の主な内容は?
土肥:不正防止策と不正が発生した場合の対応措
置を規定しています。研究不正の調査依頼、通報、
科学研究の不正は科学者に対して社会から託された夢と希望を自ら踏みにじる行為
であることを改めて強く認識し、科学をこよなく愛する理化学研究所の研究者とし 相談は、監査・コンプライアンス室が随時受け付け
て、以下のことを宣言する。
ます。職員から選ばれた相談員や弁護士が対応す
1 科学の真理を追究するうえで、いつも他を欺くおそれがないよう自らを律する。
る窓口も設けています。疑義が発生したときには
2 他者の不正を決して黙認しない。
予備調査を行い、必要に応じて外部専門家を含め
3 指導的立場に立つ研究者は、研究に不正が入り込む余地のないよう日々心を配
る。また、不正のないことを示すための客観的資料・データ等の管理保存を徹底 た調査委員会を設置します。調査委員会は、研究
する。
不正の疑義を受けた研究者からも弁明を聞きま
4 研究論文の著者は、その論文の正しさを客観的にいつでも誰にでも説明する責
任がある。 す。調査の結果、不正があったと認定された場合、
表1 科学研究における不正行為とその防止に関する声明(抜粋) 懲戒委員会にかけます。研究不正に対する措置を

No. 297 March 2006 理研ニュース 7


明確に規定したのは、日本で初めてだと思います。 4−2 遵守事項
――研究不正を行った研究者の処分は? 各研究室、研究チームなどの主任研究員、グループディレクター、チームリーダー
らは、健全な研究活動を保持し、かつ研究不正が起こらない研究環境を形成するた
土肥:懲戒委員会で検討した上で具体的な処分が め、次に掲げる事項を遵守するものとする。

決定されます。調査結果は原則公表し、必要に応じ 1 各研究室及び研究チームなどにおいて、研究レポート、各種計測データ、実験手
続きなどに関し、適宜確認すること。
て研究費の返還も求めます。研究上の不正は、研
2 研究員、テクニカルスタッフ、学生ら研究に携わる者には、ラボノートブックな
究者としての自殺行為です。何年かたったらまた理 どが個人の私的記録ではなく、 (中略)各研究室などの所属長が適切に管理する
ものであって、(中略)研究所に帰属し、(中略)研究所が管理すべきものであると
研で研究していい、ということはまったく考えていま いう意識を持たせるとともに、ラボノートブックの記載の方法に関し指導を徹
底すること。
せん。不正行為とは、それほど重いことなのです。
3 ラボノートブックと各種計測データなどを記録した紙・電子記録媒体などは、論
文など成果物の発表後も一定期間(特段の定めがない場合は 5年間)保管し、他
の研究者らからの問い合わせ、調査照会などにも対応できるようにすること。
研究不正の起きない研究環境を
4 論文を共同で発表するときには、責任著者と共著者との間で責任の分担を確認
――不正防止のための対策は? すること。

土肥:方針では、理研の研究者としての行動規準 表2 科学研究上の不正行為への基本的対応方針(抜粋)

を定めています。
“研究不正を行わないこと”
“研
究不正に荷担しないこと”
“周りの者に対して不正 2 ∼ 3 年で何をしてきたか、そしてこれから何をす
をさせないこと”の3項目です。 るかで評価すべきです。研究者自身も、研究の目
また、一番大切なことは、研究不正が起こること 的をもう一度認識してほしいと思います。
のない研究環境をつくることです。そのために研 ――研究者の倫理についての教育は、どのように
究責任者が遵守すべき事項を定めています(表2)。 行っているのでしょうか。
一つ目は、研究責任者は、実験手続きやデータの 土肥:毎年、研究者を対象に講習会を行っていま
処理などについて研究員と定期的によく議論する す。また、理研では最近、30 歳代の研究責任者も
こと。新しいデータや研究分野というのは、革新 増えています。それはとてもいいことなのですが、
的であればあるほど、理解してもらうためには時 ポスドクからいきなり研究責任者になり、戸惑ってし
間と議論を要します。議論を通じてのみ、学問の まうこともあります。そこを研究所としてきちんと手
進歩があります。議論がない研究室では、新しい 当てしなければ、不正などの問題発生につながり
分野の開拓はできないでしょう。 かねません。そこで、理研では2005年末に、
『ラボ
二つ目は、データを記録するラボノートブックは私 ラトリー・マネージメント・ブック』を作成しました。研
的なものではなく、研究所が管理すべきものである 究責任者がどのように研究を進めるべきかを整理
という意識を持つこと。三つ目は、ラボノートブック したガイドラインです。まずは研究責任者が研究倫
の管理の徹底です。ラボノートブックは、論文発表 理も含めた勉強をして、さらに研究員を教育しても
後も5年間は保管しておくことを義務付けています。 らう必要があると考えたのです。こうしたガイドブッ
予想もしなかったデータの発見が新しい分野を切 クの作成は、日本で初めてではないでしょうか。
り開き、科学の進展は事実の上に築き上げられて かつて、理研は「科学者たちの自由な楽園 3」と
きました。ラボノートブックは、研究者にとって命の 呼ばれました。今後も、そうあるべきだと思いま
次に大事なものなのです。 す。しかし私たちは、理研が社会の中に存在して
四つ目は、論文を発表するときには、責任分担に いる研究機関であることを認識し、科学の本質が
ついて、責任著者と共著者との間でよく議論して 何かを強く意識して研究活動を行っていかなけれ
確認をすることです。 ばならないのです。
――不正を生み出す背景には、研究評価方法の問
題があるとの指摘もありますが。
1 プレスリリース2006年1月23日
土肥:評価は、非常に難しい問題です。しかし、 (http://www.riken.jp/r-world/info/release/press/2006/060123/index.html)
研究の本当の目的は、新しい科学の創造です。決 2 理研科学者会議
長期的かつ広い視野に立って行うべき研究分野、そして理研の研究者のあるべき姿に
して、評価の高いジャーナルに論文を発表するこ ついて、理事長の諮問に答申するとともに独自に検討した事項等を理事会に提言する
ことを目的とする組織。理研のセンター長、主任研究員、グループディレクターなど、
とが目的ではありません。研究組織は、論文掲載
研究者約30名で構成。
数や競争的資金の獲得などを基準に研究者を評価 3 科学者たちの自由な楽園
しては絶対にいけないと思います。科学者個人の 1932年(昭和7年)に理研に入所し、量子電磁気学の発展に大いに貢献したことにより
1964年(昭和39年)ノーベル物理学賞を受賞した朝永振一郎が、
「理研は『科学者たち
評価は、シンプルであるほどいいと思います。この の自由な楽園』だ」と表した。

8 理研ニュース No. 297 March 2006


特 集
歴史秘話 サイクロトロンと原爆研究(前編)
中根良平 元理研副理事長に聞く

日本の原子核物理学の父、仁科芳雄博士( 1890 ∼ 1951 年)は、1937 年に


日 本 で 初 めて、世 界 で は 2 番 目とな る”サイクロトロン ”と呼 ば れ る粒 子 加
速 器 を 完 成 さ せ、世 界 最 先 端 の 研 究 を 行った 。しかし、そ の 業 績につ いて
ランに中性子を当てたら、何と二つに分裂し、ば
は、あまり知ら れて い な い 。また 第 二 次 世 界 大 戦 中 、政 府 の 命 令 により理
く大なエネルギーを発生したのです。これを利用
研では仁科博士を中心に原爆研究が行われ、その実態についてはこれまで
して原爆ができるかもしれないと考えられるように
も多くの調査報告があるが、直接携わった研究者自身の証言はあまり紹介
さ れてこな かった。今 回 、仁 科 研 究 室 の 出 身 で、原 爆 研 究 に 直 接 携 わった
なりました。不幸なことに、1939年にナチス・ドイ

中 根 良 平 元 理 研 副 理 事 長( 現・仁 科 記 念 財 団 常 務 理 事 )が 語 る、これ まで ツの侵攻により第二次世界大戦が始まりました。


触れられることのなかった秘話を、本号と 4 月号の 2 回に分けて紹介する。 ナチスよりも先に原爆をつくるべきだとA. アインシ
ュタインがルーズベルト米大統領に勧告し、米国で
原爆研究が始まったのです。
――日本では、いつごろから原爆開発が検討され
核分裂の発見から原爆研究へ 始めたのですか。
――米国のE. O. ローレンス
(1939年、ノーベル物 中根:1940年に陸軍の航空技術研究所で、理研の
理学賞)が世界初のサイクロトロンを完成させたの 研究者を呼んで原爆開発の調査を始めました。そ
が 1931 年。理研がサイクロトロンの研究を始めた して 1941 年 4 月、陸軍が理研に原爆研究を依頼し
まさとし

のはいつですか。 ます。理研の大河内正敏所長はすぐに仁科先生に
中根:1935年に仁科先生たちが、
“小サイクロトロ 相談しましたが、この段階では先生は断っている
ン”
(磁極直径65cm)の建設を始めました。ちょう んです。その年の 12 月には太平洋戦争が始まりま
どそのころ、イタリアのE. フェルミが重要な予言を した。1942年8月に海軍が“核物理応用研究会”を
しました。天然に存在する最も重い元素は原子番 つくり、仁科先生が委員長を務め、長岡半太郎先
せい し さ が ね りょうき ち

号 92 番のウランですが、そのウランに中性子を当 生、菊池正士先生、嵯峨根遼吉先生など第一線の
てると93 番元素ができるはずだと言ったのです。 研究者が参加して、原爆開発の可能性を検討しま
こうして世界中で93番元素をつくる競争が始まりま した。そして「理論的には原爆をつくることは可能、
した。理研でも1937 年に小サイクロトロンを完成 しかし、米国でもこの戦争中には原爆を完成でき
させ、その競争に参加しました。 ないだろう」という結論を出しました。
そして1938年、ドイツのO. ハーンらが“核分裂” ところが翌年になって、仁科先生は原爆研究を
という大発見をしました。93番元素をつくろうとウ 引き受けます。これは“ニ号研究”と呼ばれ、東条
英機首相の直々の命令で、陸軍航空本部の委託研
究として1943年1月に始まったものです。

なぜ原爆研究を引き受けたのか?
――戦争中に原爆はできないと結論を出しながら、
なぜ仁科博士は“ニ号研究”
を引き受けたのですか。
中根:それは、分かりません。戦後もその理由に
ついて、仁科先生は何も語っていません。私は主
な理由が二つあったと推測しています。
ウランには、ウラン235とウラン238という同位体
があり、核分裂するのはウラン235ですが、天然ウ
ランにわずか0.7%しか含まれていません。だから
NAKANE Ryohei 中根良平 元理研副理事長
天然ウランそのものに中性子を照射しても爆発しま
1921 年生まれ。大阪大学理学部化学科卒。1943 年、理化学研究所 仁科研究室入所。
せん。しかし、ウラン235を例えば100%近くに濃縮
同位元素研究室主任研究員(1962∼1980年)、副理事長(1983∼1987年)。現在、理研名
誉相談役、
(財)仁科記念財団常務理事。 すれば、核分裂と同時に発生する中性子によって

No. 297 March 2006 理研ニュース 9


次々に核分裂の連鎖反応が起きて、原爆になる可 1935 小サイクロトロン建設開始
能性があると考えられたわけです。1942 年ごろ、 1937 小サイクロトロン完成
日中戦争始まる
仁科研究室の玉木英彦先生が、
「 10 %に濃縮した
1938 大サイクロトロン建設開始
ウラン235を10kgつくれば、連鎖反応が起きる」
とい 核分裂の発見(ハーン)
う理論計算を行いました。この計算結果を仁科先 1939 アメリカ、ウラン諮問委員会を設立し、原爆可能性を調査開始
生が陸軍航空技術研究所に報告したところ、やは 1940 日本、陸軍航空技術研究所が原爆可能性を調査開始
ウラン235の対称核分裂およびウラン237生成を発見(仁科)
り原爆研究に着手してくれと東条首相の命令が下
理研の矢崎為一博士ら、米国のサイクロトロンを視察
ったらしいのです。ただし「核分裂の連鎖反応は原 ネプツニウムの発見(マクミラン)、プルトニウムの発見(シーボーグ)

爆にも発展するし、原子炉にもなる。どちらの開発 1941 日本、陸軍航空本部が理研に原爆研究を依頼


太平洋戦争始まる
が先になるか分からない」と仁科先生は陸軍の担
1942 大サイクロトロンの設計図製作
当者に言い、担当者も「どちらでも結構です」と答 日本、海軍が核物理応用研究会を設立

えています。日本が戦争を始めたのは、石油資源が 1943 1月、


“ニ号研究”を開始
大サイクロトロン完成
なかったからです。軍部もエネルギー源の重要性
1944 3月、理研49号館に熱拡散塔が完成、ウラン濃縮実験を開始
が念頭にあったのでしょう。仁科先生は「核を爆弾 1945 4月、理研49号館・荒川工場が焼失、
“ニ号研究”中断
として使うより、エネルギー源として利用する方がよ 8月、広島・長崎に原爆投下、終戦

いのだが」
とたびたび言っていたそうです。 年表 サイクロトロンと原爆開発

――原爆研究を引き受けたもう一つの理由とは?
中根:それを推測するには、当時の仁科先生たち スのもとで大型のサイクロトロンによるはるかに多量
の研究状況を振り返る必要があります。1940 年に の中性子で、たくさんの93 番元素をつくることがで
仁科先生たちは、
“ウラン235の対称核分裂”を発見 きたことです。仁科先生たちも1938 年から、
“大サ
しました。ハーンらは速度の遅い中性子で核分裂 イクロトロン”
(磁極直径150cm)の建設を進めてい
を発見したので、欧米では遅い中性子の研究が主 ましたが、1940年の段階ではうまく稼働していませ
流でした。しかし、仁科先生たちは速い中性子の んでした。実は、1940年に米国のG. T. シーボーグ
研究をしていました。ウラン
(92番)
に遅い中性子を らが 94 番元素であるプルトニウムを発見しました
当てると、バリウム
(56番)
とクリプトン
(36番)
という が、発表しませんでした。私たちもその発見を戦後
質量が“非対称”な核分裂生成物に分裂します。一 に知ったのです。93番元素の発見をあと一歩で逃
方、速い中性子を当てると、ウランが真っ二つに分 したため、94番元素は先につくりたい、そのために
かれる“対称核分裂”を起こし、銀(47番)
などがで は原爆研究を引き受けて大サイクロトロンを完成さ
きる現象を仁科先生たちは発見したのです。 せなければならないと、仁科先生は考えたと思うの
また、速い中性子がウラン238にぶつかるとウラ です。太平洋戦争が始まったとき、仁科先生は「戦
ン237に変わり、β線という放射線を出して壊れる 時中であろうと基礎研究は推進すべきである。戦
ことを仁科先生たちは発見しました。すると、ウラ 争が終わったとき、つまらない研究ばかりをしてい
ン 237 から 93 番元素ができるはずなんです。93 番 たら、日本の恥だ」と語っています。仁科先生は大
元素生成の可能性を世界で最初に示したのは、仁 サイクロトロンを完成させ、核分裂の連鎖反応を実
科先生たちだったのです。1940年10月にシカゴで 証する基礎研究を行うことを念頭に“ニ号研究”を
シンポジウムがあり、そこでフェルミが、仁科先生 受託されたのだと思います。事実、1944年2月の戦
らによる対称核分裂とウラン237の発見を紹介する 時研究動員会議に提出された書類には、
“ニ号研究”
と、聴衆から大きな拍手が沸き起こったそうです。 の中に大サイクロトロンの建設とそれを利用した核
そのような素晴らしい仁科先生たちの業績が、不 分裂の研究が含まれています。
思議なことに日本ではあまり知られていません。 ――大サイクロトロンは、 1940 年に米国のロー
ただし、仁科先生たちは93番元素を化学的に分 レンスから設計図の青焼き(コピー)をもらって
離することができませんでした。結局、93番元素は、 きて、完成させたといわれていますね。
1940年に米国のE. M. マクミランらが発見し、ネプ 中根:そうです。私も長らくそう信じていました。し
ツニウムと命名されました。マクミランらに先を越さ かし最近、青焼きは渡せないという、ローレンスの
れた理由の一つは、仁科先生たちが小サイクロトロ 弟子からの断り状を発見して、びっくりしたのです。
ンで研究していたのに対し、マクミランらはローレン (4月号に続く)

10 理研ニュース No. 297 March 2006


T O P I C S

小坂文部科学大臣、横浜研究所を視察
小坂憲次 文部科学大臣が12月26日、理研横浜研究所を視察 質疑応答を交わし、社会・産業への応用が期待されているラ
しました。まず、遺伝子解析施設を視察し、ゲノム科学総合研 イフサイエンス研究の視察を終えました。
究センターの林 良英プロジェクトディレクターから「DNA
ブック」と昨年話題となった「RNA新大陸の発見」について説
明を受けました。続いて、世界最大規模の核磁気共鳴装置
(NMR)施設を視察し、横山茂之プロジェクトディレクターに
よる「タンパク質構造解析研究」の説明に熱心に耳を傾けてい
ました。さらに、野依良治理事長のあいさつの後、小川智也
所長から「横浜研究所の概要」について説明を受け、横浜研究
所にある五つのセンターの各センター長からは、世界的に高
い成果を挙げている研究活動について説明を受けました。各
センター長との懇談では、知的財産戦略などについて活発な 横山プロジェクトディレクター(右)より説明を受ける小坂大臣(左)

白楽ロックビル氏講演会「理解し回避したい研究者の事件」を開催
当研究所は「研究不正防止」に対する研 “科学研究者の事件全体像”、
“研究不正 研究上の不正行為への基本的対応方針」
究所員の意識向上を目的に、白楽ロッ の動向”、
“研究不正の回避”などについ を制定するなど、科学研究上の不正が
クビル氏(林 正男 お茶の水女子大学理 て白楽氏が講演し、250 名以上の職員 起こりにくい体制の構築に積極的に取
学部生物学科 教授)による講演会「理解 が聴講しました。 り組んでいます。
し回避したい研究者の事件」を 1 月 19 当研究所は昨年4月、
「監査・コンプラ ※関連記事:p7∼8特集「『科学研究上の不正行為
への基本的対応方針』を制定」を参照ください。
日、和光キャンパスで開催しました。 イアンス室」を設置し、12月には「科学

平成18年度一般公開のお知らせ
科学技術週間〈 2006 年 4 月 17日(月)∼ は下記の日程で一般公開を行います。 はじめ、講演会、各種のイベントを行
23日(日)標語“小さな発見 未来につなが 理研の最先端の科学研究に親しんで います。多数の方のご来場をお待ちし
る 第一歩”〉の行事として、当研究所で いただくため、研究室・施設の公開を ております。
(入場無料)

● 和光研究所 ● 播磨 大型放射光施設 [SPring-8] ● 神戸研究所

場所:埼玉県和光市広沢2-1 場所:兵庫県佐用郡佐用町光都1-1-1 場所:兵庫県神戸市中央区港島南町2-2-3


日時:4月22日(土)9:30∼16:30 日時:4月23日(日)10:00∼16:30 日時:5月20日(土)10:00∼16:00
(入場は16:00まで) (入場は15:30まで) (入場は15:30まで)
問合せ先:広報室 問合せ先:播磨研究所 研究推進部 総務課 ※5月の開催となります
TEL:048-467-9954(一般公開専用) TEL:0791-58-0808 問合せ先:神戸研究所 研究推進部 総務課
TEL:078-306-0111
● 筑波研究所 ● 横浜研究所

場所:茨城県つくば市高野台3-1-1 場所:神奈川県横浜市鶴見区末広町1-7-22
日時:4月19日(水)10:00∼16:00 日時:6月24日(土)10:00∼17:00
4月22日(土)13:00∼16:00 (入場は16:30まで)
(入場は15:30まで) ※6月の開催となります
問合せ先:筑波研究所 研究推進部 総務課 問合せ先:横浜研究所 研究推進部 総務課
TEL:029-836-9111 TEL:045-503-9110

No. 297 March 2006 理研ニュース 11


原 酒

東戸塚キャンパス顛末記
若菜茂晴
WAKANA Shigeharu
ゲノム科学総合研究センター 動物ゲノム変異開発研究チーム チームリーダー


研 東 戸 塚 キ ャン パ ス など事故が頻発し、青木さん
は、2005 年 9 月末日に に 深 夜 に 駆 け つ け てもらう
閉鎖された。このキャンパス 日々が続いた(私たち研究者
は、ゲノム科学総合研究セン にとっては「マウスさま」が大
ター(GSC)動物ゲノム機能情 事なのである)。それから約6
報研究グループが 1999 年 11 年、東戸塚キャンパスでは延
月から 2005 年 9 月までのおよ べ 1 0 0 名 以 上 の 方 が日 夜 働
そ 6 年間にわたって研究活動 2005年9月23日、閉鎖式にて、右上は東戸塚キャンパス き、多くの研究成果を挙げた。
を行っていた拠点である。 その間、小長谷明彦プロジェ

1
998年、動物ゲノム機能情報研究グループ発足当時、勝木 クトディレクター
(現・GSC ゲノム情報先端技術研究グループ)
元也先生(現・自然科学研究機構基礎生物学研究所長)、 や吉田尚弘チームリーダー(現・理研免疫・アレルギー科学
城石俊彦プロジェクトディレクター(現・GSC ゲノム機能情報 総合研究センター アレルギー免疫遺伝研究チーム)
も東戸塚
研究グループ)
、野田哲生チームリーダー(現・GSC 動物ゲノ で研究活動を続け、お花見や夏のバーベキューなどの交流
ム変異解析研究チーム)
らが研究拠点探しに奔走していた。 会も行い、楽しいひとときを過ごした。


そのころは、現在鶴見区にある理研横浜研究所の建設も始 がて、横浜研究所鶴見キャンパスが完成し、ゲノム情
まっておらず、大規模動物飼育施設を伴った研究施設をどこ 報科学研究グループや免疫遺伝研究ユニットは順次移
かに数年間借りられないかと探した結果、横浜市戸塚区の 転していった。動物ゲノム機能情報研究グループも理研筑波
小高い森の中に“旧・味の素生物科学研究所”の建物を見つ 研究所内のヒト疾患モデル開発研究棟の竣工とともに順次移
け、同社から期限付きで借りることになった。 転していった。しかし、住めば都である。東戸塚キャンパス


も1999年6月ごろから動物ゲノム機能情報研究グループ の設備は決して新品でないが、研究設備に手を入れれば入
の研究活動に参加することになり、東戸塚の桜並木の れるほど愛着がわくものである。機械の様子をうかがいなが
急な坂道を上ってこのキャンパスを訪ねた。建物は築30年以 ら施設を動かし、マウスSPF飼育施設として大きな事故もな
上、天井裏はむき出し、高圧機器もとうてい使用許可が下り く運営できたことは幸いであった。

2
そうもない状況であった。このような状態でSPF
(微生物統御) 005年9月23日、これまで東戸塚キャンパスにかかわりのあ
施設としてマウスの飼育が可能なものに改修できるのだろう った方に声をかけ、ささやかな閉鎖式を行った。70 名以
かと不安で仕方なかった。早速、当時味の素(株)から設備 上の方に集まっていただき、旧交を温め、さしずめ同窓会のよ
関係の要員として出向されていた青木好男さんと相談しなが うであった。これまで東戸塚で研究活動を続けることができた
ら各種補修個所の確認に取り掛かった(青木さんにはその後 のは、改修整備から各種諸手続きにまでご協力をいただいた
も東戸塚地区の設備管理にかかわっていただいた)
。 当時のゲノム科学研究推進室をはじめ、横浜研究所研究推進


貫工事でどうにか設備改修が完了し、1999 年 11 月か 部のご尽力にほかならない。ここに深謝したい。最後に施設
ら研究活動がスタートした。しかし機器を動かしてみ を貸与していただき、研究成果とともに多くの思い出を残すこ
ると、空調設備の不調で飼育室の温湿度調整が安定しない とをお許しいただいた味の素(株)
にも深く感謝します。

発行日 平成18年3月6日
理研ニュース

3
編集発行 独立行政法人 理化学研究所 広報室 デザイン 株式会社デザインコンビビア
〒351-0198 埼玉県和光市広沢2番1号 制作協力 有限会社フォトンクリエイト
phone: 048-467-4094[ダイヤルイン] 再生紙(古紙100%)を使用しています。
fax: 048-462-4715
ご意見ご感想をお寄せください。
No. 297 koho@riken.jp
March 2006
『理研ニュース』はホームページにも掲載されています。
http://www.riken.jp
ISSN 1349-1229

No. 298 April 2006

4
10ペタフロップス・コンピュータへの挑戦
p8 特集
p2 特集
歴史秘話 サイクロトロンと
原爆研究(後編)
中根良平 元理研副理事長に聞く

p10 TOPICS

新主任研究員等の紹介
若手研究者を対象に
「准主任研究員制度」を発足
小坂文部科学大臣、和光研究所を視察
第19回「独立行政法人理化学研究所と
産業界との交流会」が開催される
東京工業大学と連携協力協定に調印

p12 原酒

画面の向こうは大宇宙

p5 研究最前線
安全な農薬で食糧問題に貢献する
特 集
10ペタフロップス・コンピュータへの挑戦
姫野龍太郎 次世代スーパーコンピュータ開発実施本部 開発グループディレクターに聞く

2012 年、10 ペタフロップス 1 ・コンピュータが日本に誕生する 。現在、

米国にある世界最速コンピュータより 50 倍速く、完成時には世界最速記
録の大幅な塗り替えを目指す。総予算 1100 億円の巨大国家プロジェクト
うコンピュータをつくるべきか。そういう観点で
であり、理化学研究所がその開発・建設・運営を担うことになった。なぜ
次世代コンピュータを考えた結果、 10 ペタにな
10 ペ タ フ ロップ ス な の か 、そ して 、10 ペ タ フ ロップ ス・コ ン ピ ュ ー タ は
ったのです。
何 を 可 能 に す る の か を 、新 た に 設 置 さ れ た 次 世 代 ス ー パ ー コ ン ピ ュ ー タ
――この時期にスタートする理由は?
開発実施本部の姫野龍太郎 開発グループディレクターに聞いた。
姫野:横浜にある
(独)海洋研究開発機構の“地球
シミュレータ”
( 35.8 テラフロップス)は、稼働して
すでに4年がたっています。スーパーコンピュータ
目標は世界最速の10ペタフロップス の開発には、計画から完成まで5年はかかります。
――日本が目指す次世代コンピュータとは? 前の開発から 10 年以上空いてしまうと、その間の
姫野:完成時には世界最高速となる汎用のスーパ 技術の進歩が大き過ぎて、追いつけなくなってし
ーコンピュータです。目標性能は10ペタフロップス まいます。もうタイムリミットなのです。
けい

(1秒間に1京[1016]回の演算を行う)、完成予定は ――どういう経緯で、次世代スーパーコンピュータ
2012年3月です。 の開発が決まったのですか。
――2005年11月現在、世界最高速のコンピュータ 姫野:2005 年の初め、私は理研科学者会議 2 で、

は米国の“ブルージーンL”で、280.6テラフロップ 10ペタフロップス・コンピュータをつくりたいという
(1テラ=1兆[1012])です。その約50倍に当たる
ス 話をしました。
「10ペタができれば生命現象をシミ
10ペタという目標値は、どこから出たのですか。 ュレーションできるんだ」と熱く語ったのですが、
姫 野 : これまでの計算速度の推移からすると、 生物学の研究者たちの反応はとても冷ややかでし
2010 年には 2 ∼ 3 ペタフロップスのコンピュータ た。実験が中心の彼らにとって、コンピュータ屋の
ができるでしょう。 10 ペタであれば、 2012 年の 私は異端に見えたのでしょう。
完成時点で世界最高速になれるだろうというのが しかし、ここからが理研のすごいところなので
一つです。しかし、私たちは一瞬の記録達成が目 すが、みんな科学者としての良識を持っているの
標ではありません。今までできなかった計算が可 です。科学の世界では、多くの人がまだ疑ってい
能になり、画期的な成果を出すためには、どうい るときに、ごく少数の人が信念をもって始めたこと
が、新しい発見につながってきました。だから、理
研の研究者たちは、みんなが反対しているからと
いって「やめろ」とは言わない。議長である茅幸二
和光研究所所長のアドバイスもあり、ワーキンググ
ループをつくって議論することになりました。その
結果をもとに科学者会議でも議論を重ね、2005年
7月に“ペタフロップス・コンピュータの必要性と研
究開発方策について”という提案を理事会に出し、
それを受けて、理事会が決定を下したのです。そ
して 2005 年 10 月、次世代スーパーコンピュータの
開発を検討していた文部科学省によって、理研が
開発主体に選定されました。
――理研が選定された理由は?
姫野:コンピュータは道具であって、それを使って
どういうサイエンスをやるのかが大事です。理研
HIMENO Ryutaro 姫野龍太郎グループディレクター にはいろいろな分野の研究者が集まっていますか

2 理研ニュース No. 298 April 2006


ら、広い研究分野のニーズがあります。 デジ 人間系全体解析
これまでも、理研は分子や原子間に働く力を計
算する分子動力学専用機の開発を継続的に行って
たい じ

きました。理研ゲノム科学総合研究センターの泰地
ま こ と エムディーグレープ
真弘人チームリーダーらが開発中の“MDGRAPE-
3”は間もなく完成し、世界で初めて1ペタフロップ ナノマ

スを達成するでしょう。また理研は、スカラー機
(逐次処理タイプ)
とベクトル機(並列処理タイプ)
と 析

専用機を組み合わせた複合コンピュータを世界で
初めて開発したという実績もあります。
理研は次世代コンピュータを開発する技術的な
能力があり、かつ幅広い分野での利用をサポート
できるという点 が 評 価 され た の だと思 いま す。 宇宙の誕生 生体分子ネットワーク
図1 10ペタフロップス・コンピュータの活用が期待される分野
SPring-8など、これまでに大型プロジェクトを成功 ミクロから宇宙スケールまでの「マルチスケール」で、異なる物理現象を同時に扱う「マル
させてきた実績も大きいですね。 チフィジックス」なシミュレーションが可能になる。

10ペタは何を可能にするのか
――10ペタフロップス・コンピュータが完成したら、 てほしくありません。これは科学研究にもいえるこ
何が可能になるのでしょうか。 とですが、このコンピュータでしかできない計算に
姫野:生命現象そのものをコンピュータでシミュレ 使ってもらいたいですね。例えば、燃料電池用の
こうとう む けい

ーションできるなんて言ったら、今は荒唐無稽です。 画期的な触媒を見つけるために、あらゆる材料に
しかし、10ペタフロップス・コンピュータならば、そ ついて合成の比率を変え、しらみつぶしにテスト
れができるのです。 するといった使い方は面白いでしょう。すでに、産
タンパク質と分子との反応、膜タンパク質が特 業界からもいろいろな提案をいただいています。
定の分子だけを選んで細胞内に取り込む動き、 使いこなすためにはノウハウも必要ですから、
DNA の複製やRNA への転写、傷付いたDNA の 利用の支援や、技術者の教育も行っていきたいと
修復、そういった生命現象はすべて原子と原子の 考えています。日本のスーパーコンピュータの開発
間に働く力が支配しています。だから1個1個の原 は、これで終わりではありません。実は、物質から
子に働く力を計算すると、生命現象そのものをシ 血流、運動など人体を丸ごとシミュレーションする
ミュレーションできます。10ペタフロップス・コンピ ためには10ペタではとうてい足りません。私たちは
ュータは 100 万個の原子を扱うことができ、1日か 100 ペタ、さらにはエクサ(100 京[10 18])
と、継続
ければ20ナノ秒間のタンパク質の反応をシミュレー 的に開発していかなければならないのです。次々
ションすることが可能です。1ヶ月で、タンパク質の 世代のスーパーコンピュータをつくる若い技術者や
一つの反応を観察することができるでしょう。 学生たちの養成も、私たちの重要な任務です。
私たちがつくるのは、汎用機です。地球科学、 ――ハードウエアの構成は?
環境、エネルギー、ナノサイエンス、ものづくりなど 姫野:専用機とベクトル機とスカラー機を組み合わ
いろいろな分野でも、大きなジャンプが期待され せた複合型を提案しています。幅広い分野をカバ
ています(図1)
。 ーしようとしたら、互いの弱点をカバーできる複合
――産業界にも開かれるのでしょうか。 機の方が有利です。
姫野:もちろんです。私は自動車会社で20 年近く しかし、ハードウエアよりも、何をやるのかとい
流体シミュレーションを研究していましたから、シ うアプリケーションの検討が先です。1月下旬、国
ミュレーションがいかに製造原価を下げ、より良い 内の物理、化学、地震、生物、宇宙、気象などさま
設計に役立っているかを知っています。10 ペタフ ざまな研究分野の代表的な研究者に集まっていた
ロップス・コンピュータは、産業界にも大きなメリッ だき、アプリケーション検討部会を開催しました。
トがあるはずです。 今のコンピュータではできないけれども10 ペタフ
ただし、単なる計算時間の短縮のためには使っ ロップスであれば可能で、2012年以降に重要なテ

No. 298 April 2006 理研ニュース 3


ーマを提案していただきました。それをもとに、タ 図2 次世代スーパー
コンピュータセンタ
ーゲットとするアプリケーションをいくつか決め、 ー内部のイメージ図

それに対して一番性能が発揮できるハードウエア
の構成を決定します。

2012年3月完成
――完成までのスケジュールを教えてください。
姫野:まずアプリケーションの検討を進め、2006
年度に概念設計を行います。その後、詳細設計、
回路設計などを行い、2010年4月から製造を開始
します。夏から組み立てを行い、2011年3月には
部分完成し、4月からは一部稼働を始める予定で
す。並行してシステムの増強を行い、完成は 2012
年 3 月。そして 2012 年 4 月からフル稼働というス
ケジュールです。
私たちがやらなければならないのは、完成した ションが専門ですね。
コンピュータをきちんと動かして、世界初の画期的 姫野:私が車の周りの空気の流体シミュレーショ
な計算結果を半年以内に示すことです。最初は、 ンを始めたのは 1985 年です。そのころはまだ誰
ナノサイエンスと生命科学の複数のテーマで実証 もやっていなかったので、何を計算してもすべて
研究をやろうとしています。
『Nature』や『Science』 世界初でした。面白かったですよ。もちろん、最
の表紙を飾るような新しい結果を出しますよ。 初は本当に簡単なことしかできませんでした。そ
――建設場所は? れが、今では非常に複雑なことまでできるように
姫野:これから検討します。建設に当たっては、 なった。それは、そうなることを夢見てやってき
コンピュータを見せる工夫をしたいと思っていま たからです。
す。まだイメージの段階ですが、コンピュータ室 ――次世代、次々世代のコンピュータの開発に一
を球形にすることを考えています(表紙上段、図2)
。 番必要なものは?
球形は、各コンピュータを結ぶ配線ケーブルを最 姫野:夢、かもしれませんね。一人で使うのであ
短にできる理想の形なのです。そして、外壁はぜ れば、パソコン1台か、何台かつないだクラスタ
ひクリアガラスにしたい。計算結果をディスプレ で十分です。なぜ 10 ペタフロップス・コンピュ
イするのもいいですね。研究者だけでなく、大人 ータをつくるかというと、
新しい方法を生み出し、
も子供も集まってくる。そういうセンターをつく 研究を加速度的に飛躍させ、新しい世界を広げた
りたいのです。科学は、みんなに支えられてこそ いという夢があるからです。私には、コンピュー
存在できるものです。それは肝に銘じていないと タの中で生命の不思議が解明されるところを見た
いけないと思います。 いという夢があります。世界で誰もやっていない
世界のどこからでもネットワークを通じてコンピ 初めてのことをする、その気分は最高です。その
ュータを使えるようになりますが、このセンターを 喜びをぜひ多くの研究者にも味わってもらいたい
世界中の研究者が集まる拠点にしたいと考えてい ですね。
ます。良いシミュレーションは、良い実験結果とセ
ットでなければなりません。シミュレーションする
人と実験する人、さらには違う分野の研究者とが
せっ さ たく ま

互いに切 磋 琢 磨 することで、科学は進歩します。
1 フロップス
そのためにも、研究者同士が実際に顔を合わせて FLoating point Operations Per Secondの略、FLOPS。コンピュータの処理速度を表
す単位の一つ。10ペタフロップスは1秒間に1京[1016]回の演算を行う。
議論をすることは不可欠です。
2 理研科学者会議
長期的かつ広い視野に立って行うべき研究分野、そして理研の研究者のあるべき姿に
ついて、理事長の諮問に答申するとともに、独自に検討した事項等を理事会に提言す
原動力は夢
ることを目的とする組織。理研のセンター長、主任研究員、グループディレクターなど、
――姫野グループディレクターは、流体シミュレー 研究者約30名で構成。

4 理研ニュース No. 298 April 2006


研 究 最 前 線

安全な農薬で食糧問題に貢献する
有本 裕 ARIMOTO Yutaka
中央研究所
作物保護研究ユニット 研究ユニットリーダー

世界人口は 65 億人を超え、さらに急増しているが、耕作地の拡大には限
界がある。また、土壌流失やかんがい用の地下水枯渇、砂漠化や都市化、
気候変動などによる収穫量の減少が心配されている。限られた耕作地で
世界人口を養うには、作物を病害虫や雑草から効率よく保護する必要が
ある。現在でも病害虫や雑草により作物の約3割が失われている。もし農
薬を使わなければ、現在の収穫量はさらに半減すると予想される。ただ
し、農薬は安全でなくてはならない。
「 100% 安全だと断言できる化合物
はありません。私たちは、食品や食品添加物として長年利用されていて
問題の出ていないものを、農薬に用いる研究を行っています」
。こう語る
有本 裕 研究ユニットリーダーらは、安全な農薬の開発とともに、植物が病
気にかかる仕組みを解明して、食糧の安定確保に貢献しようとしている。

長年使って安全なものが、安全 コーティング剤の発明
「ミカンから抽出した苦み成分の抗菌効果を調べ 有本研究ユニットリーダーらは重曹を主成分にした
るために、重曹を混ぜて溶かしました。すると苦み 薬剤を開発し、1982年に農薬登録の認可を得た。し
成分の方ではなく、重曹に高い抗菌効果があるこ かし、ここからが苦難の始まりだった。この農薬は、
とが分かりました。これが今の研究につながる最 果樹や野菜の主要な病気である、うどんこ病の防除
初のきっかけです」。有本研究ユニットリーダーは、 に高い効果を示したが、
薬害も発生してしまったのだ。
約30年前の出来事をこう振り返る。 「乾燥した温室で作物に散布すると、水分が蒸発して
よ つゆ

重曹は、ふくらし粉や胃薬の成分として、長年 重曹の結晶ができます。その結晶が夜露に溶けて大
使われている化合物である。「私たちは、農薬の 変濃い溶液となり、作物に被害を与えたのです」
安全性について考えてきました。農薬の開発では、 その後、重曹(炭酸水素ナトリウム)のナトリウム
毒性や環境への影響について大変厳しい検査が行 をカリウムに置き換えた重カリ
(炭酸水素カリウム)
われています。しかし、例えばある種の化合物が にも同じ防除効果があることが分かった。重カリも
かくらん

“環境ホルモン”
(内分泌攪乱物質)として働く可 欧米では食品添加物として使われている。
日本でも、
能性が指摘されるなど、予想外の問題点が見つか 医薬品や肥料などとして長年使われてきた化合物
る場合があります。予想外の悪影響は、長年使用 である。
「私は何とか結晶化を抑えて薬害を防ごう
することで初めて明らかになります。安全性の問 と、重曹や重カリに、いろいろな薬品を混ぜる実験
題で私たちがようやくたどり着いた結論は、“実 を繰り返しました」
。有本研究ユニットリーダーらは、
際に長い間使って安全だったものが、安全だ”と およそ500∼600種類の薬品を試したが、どれもうま
いうものです。それは、食品や食品添加物として くいかず、4年の年月が過ぎようとしていた。
長年使われてきたものです。これらを防除に用い 「さすがに、もうあきらめようと思っていたときで
セ ー フ
るというコンセプトをSaFE(Safe and Friendly す。重曹を試験管に量り分けると、予定よりも1 本
to Environment)と名付け、新しい農薬の開発 多く余ってしまいました。そこで、最後の期待をか
を始めました」 けてグリセリン脂肪酸エステルという薬品を混ぜ
てみたところ、それが大当たりでした」

No. 298 April 2006 理研ニュース 5


この混合物を水に溶かすと、直径0.1∼0.03mm が生まれてきました。カリグリーンでは防除できな
ほどの液滴ができた。この液滴は、重曹が濃度の高 い病害虫がたくさんあるので、従来の農薬も併用
いままグリセリン脂肪酸エステルの膜に閉じ込めら されます。するとSaFEというコンセプトで開発した
れたもので、重カリでも同じ現象が起きた
( 表紙下段 私たちの農薬は何の役に立つのだろう、という疑
の背景画像)
。「従来は水で200倍に薄めた濃度でカ 問です。あらゆる病害虫を安全な農薬で防除でき
ビの防除効果が出たものが、1000倍に薄めた濃度 なければ意味がないのです。私たちは、ほかの主
でも効くようになりました。溶液全体としては濃度が 要な病害虫を防除するための研究を進めました」
とても低くなったので、植物は重カリを解毒できるよ うどんこ病を引き起こすカビは、その“本体”が植
うになり、薬害が大幅に軽減されました。ただし、部 物の外側にあり、
“根”
を植物の中に突っ込んで養
分的に存在している液滴の中の重カリの濃度は大 分を吸って生育する。植物の外側にあるカビの本
変高いため、カビには十分な防除効果を発揮するの 体にカリグリーンが作用することで、防除効果を発
だと考えられます。食品や食品添加物は、そのまま 揮するのだ。しかし、作物に被害をもたらすカビの
では防除効果が弱いので、このコーティング技術のよ ほとんどは植物の内部に入り込んで生育するので、
うな製剤技術が重要なポイントになります」 カリグリーンは効かない。
「では、病害虫で本体が
有本研究ユニットリーダーらは、重カリを有効成 植物の外側に出ているものはほかにないかと考え、
分とする薬剤を開発。1993年に農薬登録の認可を 多くの作物に被害をもたらす主要害虫であるダニを
得て、
「カリグリーン」
(東亞合成株式会社)
という製 ターゲットにすることにしました。ダニは植物の外側
品名で発売された。この農薬は、肥料としても働 から“口”
を突っ込んで、植物の養分を吸います。う
き、植物の耐病性を高め、治療効果もある。 どんこ病を引き起こすカビと“存在の仕方”が同じ
現在、カリグリーンは米国カリフォルニア州の“オ だと考えたのです。みんなに笑われましたが、私は
ーガニックワイン”用ブドウ栽培の9割以上に使われ 病理学者でも動物学者でもないので、かえって大胆
ている。
「カリフォルニア州は自動車の排気ガス規制 な発想ができたのが良かったのだと思います」
など厳しい環境基準で有名なところです。カリグリ 有本研究ユニットリーダーらは、約1000種類に及
ーンはその高い安全性により、カリフォルニア州の ぶ食品や食品添加物、その仲間の化合物をダニに
有機栽培の厳しい基準に合格したのです」
。日本で かけて効果を調べ、ケーキの気泡保持剤として使
は主にイチゴやキュウリの防除に用いられるなど、 われるプロピレングリコール脂肪酸エステルに効果
世界各国でカリグリーンが使われている。カリグリ があることを見いだした。そしてこの化合物を有
ーンは、食品や食品添加物を防除に用いるという 効成分とする薬剤を開発。2001年に農薬登録の認
SaFEのコンセプトを世界に示す実例となった。 可を得て、
「アカリタッチ」
(東亞合成株式会社)
とい
う製品名で発売された。
農薬の耐性問題を克服 この農薬は、プロピレングリコール脂肪酸エステル
「実際に製品化されたカリグリーンを手にしたと そのものが、濃度の高いまま、直径0.05 ∼0.03mm
きの感激は格別でした。しかし、すぐにある疑問 ほどの液滴となって水の中に分散している。この液
滴が、ダニの呼吸する穴(気門)
をふさぎ、窒息死さ
せると考えられている
( 図1 )
。「従来の化学農薬は、
図1 アカリタッチの液滴とハダニの気門(合成画像) 代謝系のある経路をピンポイントでブロックするの
う かい

アカリタッチの液滴 で、迂回路を持った害虫がすぐに出現します。殺ダ
は、ダニの気門をふ
ニ剤は3∼5年で耐性ダニが現れて効かなくなってし
さぐのにちょうどよ
いサイズであるとと まいます。現在、市販されているどの農薬をまいても
もに、気門となじみ 気門 防除できないダニがいるのですが、唯一、ダニを窒
やすい化学的性質を
持つと考えられてい 息死させるアカリタッチだけは効果があります」
る。アカリタッチは
ミツバチなど有益な アカリタッチ液滴 カリグリーンにも耐性の問題は発生していない。
昆虫にはほとんど悪 「カリグリーンの発売後、素晴らしい効果を持つ 2
影響を及ぼさない。
種類の化学農薬が発売されましたが、どちらも数
年で耐性菌が出現して効かなくなりました。1993
年にカリグリーンが発売されてから約 13 年になり

6 理研ニュース No. 298 April 2006


ますが、耐性問題は報告されていません」。カリグ
リーンは、カビの代謝系をピンポイントで抑えるの
みんなが
ではなく、高い濃度の重カリの液滴が、カビの体内
研究に参加したくなるような
のイオンバランスを崩し、代謝系全体に影響を与
えるため、耐性が出ないのだと推測されている。
新領域を示したいのです。

植物はなぜ病気になるのか?
有本研究ユニットリーダーらは、SaFEに基づく新 図2 トマト萎ちょう病菌の侵入

しい農薬の開発を続けるとともに、植物が病気に
なるメカニズムの解明にも取り組んでいる。
「糸状
菌と呼ばれるカビは、約6万種類が知られています
が、例えばイネに害を及ぼす菌は約60 種類。この
うち、大きな被害をもたらし、防除が必要なものは、
グルタミン+グルコース グルコースのみ
ほんの数種類にすぎません。なぜ、ある特定の菌
トマト萎ちょう病菌はグルタミン濃度が低いときには植物に“無関心”だが(右)、グルタ
だけが、特定の植物だけに侵入して病気を引き起 ミンが高濃度になると突然、侵入を始める(左)

こすのか。それを知りたいのです」
有本研究ユニットリーダーは、カンキツ緑カビ病
菌がミカンの細胞に侵入するメカニズムに注目し には発病しないのです。それでは生きた細胞と死ん
た。この菌はさまざまな植物の死んだ細胞を養分 だ細胞で何が違うのか。それはまだ謎です」
にして生育できるが、生きている植物ではミカンに さらに有本研究ユニットリーダーは、根や茎の傷

だけ、しかも皮に傷がなければ発病しない。
「この から侵入したトマト萎ちょう病菌が、葉には侵入し
謎をどうすれば解けるのか、四六時中考えていま ない原因を突き止めた。
「この菌が“おおかみ男”
した。しかし解明するための糸口が見つかりませ になる条件は、グルタミン濃度でした。トマトの根
ん。あるとき、皮から分泌される成分を取り除い や茎はグルタミン濃度がとても高いのですが、葉の
てみようと、皮を傷付けた後、すぐに水で洗ってみ 部分だけは低いため侵入しないのです( 図2 )。ト
ました。すると発病しなかったのです」 マト以外の植物もグルタミン濃度がとても低いの
ミカンの皮が障壁となり、菌の侵入を防いでいる で、トマト萎ちょう病は発症しません。グルタミン濃
わけではなかったのだ。この発見をきっかけに、有 度がある値を超えると、菌の中で何らかの遺伝子
本研究ユニットリーダーらは、次のような発症過程を にスイッチが入り、侵入を始めるのだと思います」
突き止めた。この菌は死んだ細胞でなければ栄養 最後に、有本研究ユニットリーダーは、今後の目
として消化できない。皮が傷付くと皮から油成分が 標を次のように語った。
「植物の発病メカニズムの
分泌されて、ミカン内部の細胞が死に、菌が栄養と 解明はとても難しく、これまでほとんど成果が得ら
して消化できる。
「しかし油成分をすぐに洗い流す れていない研究テーマです。研究者の純粋な疑問
と、ミカン内部の細胞は生きたままなので、菌は栄 をじっくりと追求できる理研中央研究所だからこそ
養として消化できず発症しないのです」 可能な研究テーマなのだと思います。発症メカニ
菌がミカンの細胞を消化して養分にするとき、酸性 ズムが分かれば、やがて、より安全で効果が高い、
ペーハー
物質ができて、水素イオン濃度のpH値が3.5に下が 画期的な防除法を生み出せるはずです。SaFE に
る。すると菌の性質が変わり、周りの生きた細胞の細 基づく安全な農薬をさらに開発するとともに、植物
胞壁に穴を開けて侵入するようになる。このようにして の発病メカニズムを解明するための新しい切り口
ミカン内部へと菌が侵入し、カンキツ緑カビ病が発病 を見つけ、多くの研究者がこの研究に参加したく
することが分かった。
「pHが3.5に下がると菌の性質 なるような新領域を示したいですね」
が突然変わり、生きた細胞を攻撃し侵入し始めるの
です。まるで満月を見ると突然変身する
“おおかみ男”
関連情報:
のようです。ただし、ミカン以外の植物では酸性物質
● 特許第2042882号「農薬コ−ティング剤」
ができないので、pH値が3.5にまで下がりません。だ ● 特許第2990034号「植物病害防除剤」
● 特許第3738430号「殺虫殺ダニ組成物及び殺虫殺ダニ方法」
からカンキツ緑カビ病は、生きた植物ではミカン以外

No. 298 April 2006 理研ニュース 7


特 集
歴史秘話 サイクロトロンと原爆研究(後編)
中根良平 元理研副理事長に聞く
ためかず

1940 年 8 月、理研の矢崎為一 博士らは米国へ派遣され、E. O. ローレンス


らのサイクロトロンを視察した。従来、このときローレンスにサイクロト
ロ ン の 設 計 図 の 青 焼 き( コ ピ ー )を も ら い 、理 研 の 仁 科 芳 雄 博 士 ら は“ 大
昔の理研の、仁科先生の部屋(現在は仁科記念財
(磁極直径 150cm 、60 インチ)を完成させたといわれて
サイクロトロン”
団)で、私たちは最近発見したのです。
きた。しかし最近になって、事実とは異なることが明らかになった。実は、
――なぜ、ローレンスから設計図の青焼きをもら
仁 科 博 士 ら は 独 自 に 設 計 図 を 描 き 直 し 、大 サ イ ク ロト ロ ン の 完 成 を 目 指
したのだ。そして 1943 年 1 月から原爆研究を開始した。3 月号に引き続き、
ったという話になったのでしょうか。

仁 科 研 究 室 で 原 爆 研 究 に 直 接 携 わ っ た 中 根 良 平 元 理 研 副 理 事 長(現・仁 中根:それは分かりませんが、仁科先生は断り状
科記念財団常務理事)が語る秘話を紹介する。 が届いたことをみんなに言わなかったようです。
矢崎先生たちが米国視察でより参考としたのは、
ローレンスのところよりも、仁科先生がドイツ・ハンブ
ルクに留学していたときの共同研究者だったコロン
入手できなかった設計図 ビア大学のI. I. ラビのサイクロトロンでした。ちょうど
――矢崎博士たちはサイクロトロンの設計図の青焼 解体修理中で、内部を詳しく見せてくれたようです。
きをもらえなかった、ということですか。 そこで得た知識をもとに、1942年に大サイクロトロン
中根:そうなんです。当時、ローレンスは原爆開発 (図1)
の設計図を独自に描き直したのでしょう 。
を検討する“ウラン委員会”の委員で、中心人物で
した。ですから、本来、日本には情報は出せないは 知られざる原爆研究の実態
ずなのに、いろいろなところを見学させてくれまし ――中根先生が理研に入ったのはいつですか。
た。さらにサイクロトロンの設計図の青焼きをつくる 中根:大学卒業が半年早まって、1943年10月に駒込
ことを約束し、弟子のD. クックセイに指示したこと にあった理研に入りました。そしてすぐに軍隊に入り
も事実です。ところが、矢崎先生が帰国する1940 4ヶ月間訓練を受けた後、技術将校として理研に戻
年 11 月になってもクックセイは青焼きをつくってくれ り、
“ニ号研究”
と呼ばれた原爆研究に携わりました。
ません。そこで矢崎先生は、米国に滞在していた ――“ニ号研究”の具体的な内容は?
まさ

高嶺俊夫先生に青焼きを受け取るように頼んで帰 中根:竹内 柾先生らによる“熱拡散法”によるウラン


いいもりさとやす

国したのです。しかし高嶺先生がクックセイに問い 濃縮。飯盛里安先生らによる朝鮮半島や旧満州、日
合わせると、
「申し訳ないが青焼きはつくれない」
と 本占領地などでのウラン鉱石の探索。そして大サイ
いう断り状が届きました。その断り状を高嶺先生は クロトロンの建設です。1943年末には、大サイクロト
仁科先生あてに送りました。それを、駒込にあった ロンが完成しました。1944年3月には理研の49号館
に熱拡散塔が完成し、ウラン濃縮実験を開始。また
荒川工場で酸化ウランの製造を行いました。そして
核分裂の連鎖反応を実証する実験を目指しました。
――実際に原爆をつくる研究ではなかったのですか。
中根:私たち“ニ号研究”のメンバーは、誰も原爆
ができるとは思っていませんでした。仁科先生も私
たちも、玉木英彦先生が核分裂の連鎖反応に必要
と計算した 10 %濃度のウラン 235 、10kg を熱拡散
法でつくることは不可能だと分かっていましたから。
ですから1938年の核分裂発見から、米国があんな
に短時間で原爆を完成させるとは思ってもみません
でした。戦後、
「よく原爆研究なんて恐ろしいことを
やっていたね」
と言われるのですが、当時は核分裂
図1 1942年に描かれた大サイクロトロンの設計図と中根良平 元理研副理事長 の連鎖反応が本当に起きるのかどうかも分からな

8 理研ニュース No. 298 April 2006


かったのですから、今とはまったく感覚が違います。 図 2 広島で被ばくし
たレントゲンフィルム
私たちはあくまでも基礎研究のつもりでした。 右が赤十字病院で被
ばくしたフィルム。左
――理研や仁科研究室の総力を挙げて“ニ号研究”
が同じ赤十字病院の
に取り組んだのではないのですか。 地 下 室 に あ って 感 光
していなかったフィル
中根:それもまったく違います。仁科研究室でも宇
ム。これらのフィルム
宙線や理論の研究をしていた人たちは、
“ニ号研究” は“陸軍軍医学校”と
印刷された紙に包ま
にノータッチでした。朝永振一郎先生(1965年、ノ
れて保存されていた。
ーベル物理学賞)が“ニ号研究”への協力を申し出
ましたが、仁科先生は必要ないと断ったそうです。
“ニ号研究”に携わったのは、木越邦彦さんや私の
ように大学を出てすぐに採用された8人と、陸軍航 いと判断し、政府に報告したのです。実は戦後、そ
空本部から派遣された技術将校が数人。そして玉 のフィルムは行方不明だったのですが、2004年に私
は たすすむ

木英彦先生、竹内柾先生と飯盛研の畑晋先生、長 が偶然、仁科先生の部屋で発見しました
(図2)

おと きち

島乙吉先生です。サイクロトロンのメンバーは大サ ――中根先生は終戦のころ、どうしていたのですか。
イクロトロンの建設が“ニ号研究”に組み込まれて 中根:8月10日に、仁科先生から爆心地で集めた銅
いることを知らなかったためか、
“ニ号研究”とは 線などが理研に送られてきました。西川研の木村
もとはる

関係ないと思っていたようです。 一治 先生が測定すると放射線が検出されました。
やがて 1945 年になると、空襲によって 49 号館の やはり、原爆に間違いないと思いましたね。11日の
熱拡散塔や小サイクロトロン、荒川工場も破壊され、 朝、政府がポツダム宣言受諾の交渉をしているとい
よし た ろう

何の成果も挙げられないまま“ニ号研究”は中止と う話を、脇村義太郎先生から聞きました。昼前、警
なりました。そのころ、こんな話が伝わってきました。 戒警報が鳴り、ラジオが「米機が新型爆弾をまた投
神風特攻隊の隊長が「やがて日本ですごい爆弾が 下するかもしれないので注意せよ」
と警告していま
できる」と言って若者たちを送り出したというので した。外へ出て玉木英彦先生と空を見上げている
す。私は申し訳なく、何ともいえない気持ちになりま と、先生は「東京にも原爆を落とすかもしれないね」
ごう

した。仁科先生もずいぶん苦しまれたと思います。 と言いました。
「それでは防空壕 に入っても駄目で
すね」
と私は答えて、空をずっと眺めていましたが、
被ばくしたレントゲンフィルム 結局、B29爆撃機は東京に来ませんでした。
―― 1945 年 8 月6日、米国が広島に原爆を投下し、 私は朝鮮などから送られてきた鉱石サンプルの
仁科博士が調査に派遣されましたね。 分析を担当していましたが、それらの資料を全部
中根:8月7日に開かれた閣議で、
「広島に投下した 焼くように飯盛研の西山誠二郎さんに頼み、11日の
のは原爆だ」
と米国が発表した“トルーマン放送”が 夜、兵庫へ向かいました。尼崎にあった住友金属
報告されます。しかし軍部には謀略ではないかと の工場で熱拡散塔をつくっていたのです。そこで
いう人もいて、仁科先生を広島に派遣して本当に 15日、玉音放送を聞き、熱拡散塔を破壊して工場
原爆かどうか確認してもらうことになりました。そし のわきの運河に沈めました。
て仁科先生が原爆に間違いないと判断したことが9 ――仁科博士はどのような先生だったのですか。
日の閣議に報告され、大多数の意見がポツダム宣言 中根:分からないことは何でも率直に質問され、
を受諾して降伏しようということになったそうです。 若い人たちとも対等に議論する。
“親方”と呼ばれ
広 島 に 行った 仁 科 先 生 は 、爆 心 地 から 南 へ ていましたが、
「こうしろ」ではなく
「どうして」と本
1.5km ほどの距離にあった赤十字病院に行きまし 質的な質問をして、私たちを導いてくださる。だか
た。原爆が爆発すると中性子と同時にガンマ線が発 ら、みんな「仁科先生は何も知らない」などと陰で
生するので、レントゲンフィルムが感光しているに違 言いながら、心の底から尊敬して先生についてい
いないと考えたのです。ちょうど8月6日の朝に装置に ったのだと思います。
セットしてあったフィルムを現像すると、真っ黒に感光
していました。ところが赤十字病院の地下室や爆心
地から離れた陸軍病院にあったフィルムは感光して 最近、仁科芳雄博士と湯川秀樹博士の往復書簡などが多数発
見された。それらを収めた『仁科芳雄往復書簡集(仮称)』が、み
いませんでした。そこで仁科先生は原爆に間違いな すず書房から2006年12月6日に刊行される予定。

No. 298 April 2006 理研ニュース 9


T O P I C S
新しく就任した主任研究員、チームリーダーを紹介します。
新主任研究員等の紹介 1. 生年月日 2. 出生地 3. 最終学歴 4. 主な職歴 5. 研究テーマ 6. 信条 7. 趣味

中央研究所 放射光科学総合研究センター
平野染色体ダイナミクス研究室 高田構造科学研究室
主任研究員 主任研究員
平野 達也(ひらの たつや) 高田 昌樹(たかた まさき)
1. 1960年11月1日 2. 千葉県 3. 京都大学大 1. 1959 年 5 月 3 日   2. 広 島 県   3. 広 島 大 学
学院理学研究科博士課程 4. コールド・スプリ 大学院理学研究科博士課程  4. 名古屋大学、
ング・ハーバー研究所(米国) 5. 染色体構築と 島根大学、
( 財 )高 輝 度 光 科 学 研 究 セ ン タ ー
分離の分子メカニズム  6. 流行を追わないこ 5. 放射光構造物性学  6. なせば成る  7. 写真
と、流行をつくること 7. 美術館巡り 撮影

佐甲細胞情報研究室 発生・再生科学総合研究センター
主任研究員 網膜再生医療研究チーム
佐甲 靖志(さこう やすし) チームリーダー
1. 1961年5月2日 2. 大分県 3. 京都大学大学 高橋 政代(たかはし まさよ)
院理学研究科博士課程  4. 東京大学教養学部、 1. 1961 年 6 月 23 日   2. 大 阪 府   3. 京 都 大
名古屋大学理学研究科、大阪大学医学部生命機 学 大 学 院 医 学 研 究 科 博 士 過 程   4. 京 都 大 学
能研究科 5. 細胞内情報伝達システムの作動機 医学部附属病院、同大学附属病院探索医療
ひょう ひょう こ

構 6. 飄飄乎として生きたい 7. 食べること、 センター  5. 網膜再生 6. 純粋な心 7. 音楽


飲むこと

若手研究者を対象に「准主任研究員制度」を発足
当研究所は、若手研究者を対象に「准主任研究員制度」を4月1日に発足させました。
この制度は、研究分野を問わず、自律的に研究室を創成・主宰し、長期的視野をもって
将来の科学技術分野を構築できるリーダーを育成することを目的としています。

以下に、4月1日に就任した准主任研究員を
紹介します。
1. 生年月日 2. 出生地 3. 最終学歴 4. 主な職歴 5. 研究テーマ 6. 信条 7. 趣味

中央研究所 仁科加速器研究センター
内山機能元素化学研究室 森田超重元素研究室
内山 真伸(うちやま まさのぶ) 森田 浩介(もりた こうすけ)
1. 1969年12月15日 2. 埼玉県 3.東京大学大 1. 1957年 1月 23日  2. 福岡県  3. 九州大学大
学院薬学系研究科修士課程  4. 東北大学薬学 学院理学研究課博士課程中退 4. 理化学研究所
部、東京大学大学院薬学系研究科、科学技術振 5.(超)重元素の探索 6. 愚直これ王道 7. 酒、
興機構 PRESTO 研究員 5. 金属錯体化学を取 旅行、音楽
り巻く元素化学、有機化学、高分子化学、分光
学、理論計算 6.いつどんなときでも『勇気』は
手に入る! 7. スポーツおたく(球技なら何でも、特にサッカー、テニス)、
熱帯魚、海水魚

太田遺伝システム制御研究室 放射光科学総合研究センター
太田 邦史(おおた くにひろ) バロン物質ダイナミクス研究室
1. 1962年 6月 16日  2. 東京都  3. 東京大学大 Alfred Q.R. Baron(アルフレッド・バロン)
学院理学系研究科博士課程 4. 日本学術振興会 1. 1965 年 5 月 31 日  2. 米国ニューヨーク州 
特別研究員、理化学研究所研究ユニットリーダー 3. スタンフォード大学大学院応用物理学科博士
5. 遺伝的組換えの制御機構とその応用 6. 温故 課程 4.(財)高輝度光科学研究センター 5. 材
知新、則天去私 7. 読書、動植物の育成、テニス 料の原子スケールでのダイナミクス  6. Let’s
do it(実践あるのみ) 7. ハイキング

10 理研ニュース No. 298 April 2006


小坂文部科学大臣、和光研究所を視察
小坂憲次 文部科学大臣が2月27日、理研和光研究所を視察し
ました。小坂大臣は到着後まず、野依良治理事長、大熊健司
理事、坂田東一理事らと懇談。理研の概要説明を受けた後、
建設中のRIビームファクトリーでは矢野安重プログラムディ
レクター(重イオン加速器科学研究プログラム[当時])、情報
基盤センターでは姫野龍太郎センター長、脳科学総合研究セ
ンターでは加藤忠史グループディレクター(老化・精神疾患研
究グループ)から説明を受け、三つの研究施設を視察しまし
た。
「113番元素発見」など理研の研究成果についても説明を
受け、研究者と活発な質疑応答を交わしました。 スーパーコンピュータについて説明を受ける小坂大臣(左)と姫野センター長

第19回「独立行政法人理化学研究所と産業界との交流会」が開催される
「理化学研究所と親しむ会」が主催する「独立行政法人理化学 とを結び付けることを目的とし、毎年、講演会や懇親会など
お ぐち

研究所と産業界との交流会」が2月15日、ホテルオークラ東京 を開催しています。19回目の今回は、小口邦彦 理研と親しむ


で開催されました。
「理化学研究所と親しむ会」は、理研と産 会会長の開会の辞、野依良治理事長のあいさつに続き、武田
し ん た け つもる

業界の密接な交流を通じて理研の研究成果と産業界のニーズ 健二 理事が「産業界との新たな連携について」、新竹 積 主任
研究員(放射光科学総合研究センター 新竹電子ビーム光学研
究室)が「産業界の技術の粋を結集して∼次世代加速器−X線
自由電子レーザー( XFEL )への挑戦」、中村祐輔センター長
(遺伝子多型研究センター)が「体質を科学する遺伝子多型研
究」と題して、それぞれ講演しました。その後の懇親会では、
小坂憲次 文部科学大臣らが出席し、お祝いの言葉が述べられ
ました。懇親会場には理研の最新の研究成果や理研ベンチャ
ーを紹介する44の展示コーナーが設けられ、各コーナーでは
理研と産業界との連携について講演する武田健二理事 熱心な質疑が交わされていました。参加者は約480名。

東京工業大学と連携協力協定に調印
当研究所と国立大学法人東京工業大学は、研究開発能力およ り、自らの講座を主宰する「連携講座」を平成18年度内に創設
び人材などを活用し連携・協力することにより相乗効果を高 することを目指します。
め、わが国の学術および科学技術の振興に資することを目的
として、
「独立行政法人理化学研究所と国立大学法人東京工業
大学との間における連携・協力の推進に関する基本協定」を3
月2日に締結しました。
この協定の締結を受けて、海外、特に東アジアの大学から
博士号取得を目指す才能豊かな学生を留学生として東工大に
受け入れ、理研と東工大が共同して研究機会と教育機会を提
供し、東工大の学位を授ける「理研・東工大国際スクール(仮
称)」を創設します。さらに、理研の研究者が研究と教育にお
いて東工大教授などと同等の役割を持つ東工大連携教授とな
野依良治理事長(左)と相澤益男 東京工業大学長

No. 298 April 2006 理研ニュース 11


原 酒

画面の向こうは大宇宙
玉川 徹
TAMAGAWA Toru
中央研究所 牧島宇宙放射線研究室 研究員


れわれの研究室は、理 には、衛星の目である X 線検
研の中で唯一、人工衛 出器を通して、宇宙が間近に
星を通して宇宙と直接つなが 見えてくるのです。


っている場所です。ごう音と 念ながら衛星にも寿命
ともに大空に消えていくロケ があります。HETE-2
ットの映像は、年に何度も放 は地上から600kmのところを
送されておなじみですが、そ 飛んでおり、わずかに存在す
こに積まれた荷物、つまり人 ロケットに取り付けられたHETE-2衛星(先端部)と筆者 る大気との摩擦で徐々に高度
工衛星が、その後どのような を下げ、2015 年ごろに大気
生涯を送るのか、ご存知の方は少ないと思います。そこで、 圏に突入して消滅します。しかし、一番問題なのはバッテリ
へ テ ィ ー ツー
私が5年以上かかわってきた、
「HETE-2」という、段ボール箱 ーです。衛星の電力は太陽電池パネルで賄われていますが、
二つ分ほどの小さな科学衛星についてご紹介します。この 地球の影に入って太陽光が届かないときは、バッテリーが生
衛星は、日本では理研が中心となり、米国のマサチューセッ 命線です。何年か前に買った携帯電話やノートパソコンは、
ツ工科大学、フランスの宇宙線研究所などとの国際協力で製 いくら充電してもすぐにバッテリー切れになりませんか? 衛
作されました。2000年10月に打ち上げられ、現在も運用が 星も同じです。管理ソフトウエアを入れ替えて、少しでも寿
続いています。 命を延ばそうと工夫を続けています。一度打ち上がった衛


学衛星は、打ち上げから半年ほどのウォーミングアッ 星は、決して修理や部品交換ができませんから、大切に大
プを経て、観測が開始されます。HETE-2が観測して 切に扱い、そして最後まで使い尽くすのです。


いるのは、何十億光年もかなたの宇宙で起きる、
“ガンマ線 のような苦労の末、35年間も科学者を悩ませてきたガ
バースト”という不思議な天体現象です。いつ起きるか分か ンマ線バーストの正体が、HETE-2の活躍により明ら
らない現象なので、その発生を知らせる警報は、衛星から かにされたのは大きな喜びです 。どこの世界にも、表の華
地上の受信局を経て、昼夜を問わず携帯電話に送られてき やかさからは決して見えてこない裏の仕事があります。宇宙
ます。そして発生直後から、日米仏の共同研究者がインター も例外ではありません。理研の片隅に小さなパソコンがあり、
ネットのチャットルームに集まり、活発な議論が繰り広げられ その画面がそのまま大宇宙につながっている。そしてその
るのです。場所や時間を選ばず衛星に対処しなくてはなり 前で、誰かがいつも宇宙を眺めているのです。
ませんから、ネットワークのつながるところならどこでも、衛
星に指令が送られるようになっています。自宅や街中のカフ
付記:人工衛星を用いた研究は、多くの人々のチームワークで成り立っていま
ェからでも、パソコンを通して衛星と通信ができるのです! す。この研究に参加している皆さんに、あらためて感謝致します。HETE-2やガ


ンマ線バーストについては、下記URLを参照ください。
ーストのないときは、衛星の健康診断が主な仕事とな
http://cosmic.riken.jp/hete/
ります。衛星から送られてくる数値とにらめっこしな
プレスリリース「謎の短時間ガンマ線バーストの起源に迫る」は、下記URL
がら、衛星の状態を推測します。最初は理解不能だった数
を参照ください。
字の並びから、徐々に衛星の動きが分かるようになり、さら http://www.riken.jp/r-world/info/release/press/2005/051006/index.html

発行日 平成18年4月5日
理研ニュース

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編集発行 独立行政法人 理化学研究所 広報室 デザイン 株式会社デザインコンビビア
〒351-0198 埼玉県和光市広沢2番1号 制作協力 有限会社フォトンクリエイト
phone: 048-467-4094[ダイヤルイン] 再生紙(古紙100%)を使用しています。
fax: 048-462-4715
ご意見ご感想をお寄せください。
No. 298 koho@riken.jp
April 2006
『理研ニュース』はホームページにも掲載されています。
http://www.riken.jp

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